書いては書き直し

はてなダイアリーから引っ越してきましたがまだ整理中です

満鉄の「臼井甕男」

臼井甕男の治療者になる前のプロフィールの件、別件で後回しになってましたがそろそろやらなくては。
最近あらためてぐぐってみたら新たにヒットするものが。臼井先生の名前がジンギスカン研究のサイトから現れるというのが味わい深いですが、ジンギスカンと臼井先生を両方おいといてもどえらい記事です。ぜひ長期保存していただきたいです。


現場主義のジンパ学「最初の半年は9人だった満鉄調査部
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Circle/2248/mantechosa.html


明治40年8月に辞令交付。役職は「書記」、前職は「なし」となっている(つまり新規採用)。41年12月には東京支社へ異動とのこと。
ご本人だとすれば、これが「中国へ遊学」(「功徳碑」)となる。40代前半の足跡ですね。ここから前後の足取りも追えるかも。
後藤新平の秘書」逸話との関係も興味深いところ。後藤の在任期間とここの「臼井甕男」の在任期間の微妙な異同は何を意味するのか等々。
なにはともあれ、また国会図書館か…

出雲大社教の支部離脱問題

とある仕事で以下の記事を見ることになり、
http://friday.kodansha.ne.jp/archives/54620/
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/life/162096
確認のため、以下の常陸国出雲大社のサイトも訪問しました。そしたら熱い。久しぶりに神道関連で熱いものを見た。ちょっと感銘を受けました。
http://www.izumotaisha.or.jp/history/standing.html
相手の方々の主張も聞かねば、外野には何ともいえないところですけども。


ところで神道界には仏教界における『月刊住職』にあたるものはないんでしょうか。あったほうが絶対いいと思うんですよね、関係者の誰にとっても。

ごしんじょう療法

川島なお美氏の死去に関して、さまざまな代替療法の話が流れていく昨今です。
発酵玄米(酵素玄米)についてはあとでまとめるとして、ここでは金の棒で身体をこする「ごしんじょう療法」について目に入ったURLを貼り付け。
・「貴峰堂」HP
http://www.kihodo.com/
貴田晞照氏は鍼灸師→大峯の先達。
おお昔懐かしい修験者の病気治しか…と思ったら、どっちかというと電磁波が添加物がという、「近代文明有害論」による代替療法言説だった。「邪気」ってのは「電磁波」っていうことなのね。電磁気エネルギーとか神経生理学用語とかも出てきて。なんだつまらん。
以下、推薦者の弁。
http://shinhakken-blog.seesaa.net/article/416866968.html
http://www.ne.jp/asahi/kaiharaseitai/sukoyaka/kihoudou.htm
http://hajimechiryoin.com/goshinjo/index.html
http://watanabemorino.com/gonjou/
施療の様子はこちらが詳しい。
http://blog.livedoor.jp/kahuna_09/archives/51766172.html
鍼灸の「ていしん」の発展形ではという指摘。
http://d.hatena.ne.jp/bodywise/20120408
そしてさっそくまとめられた。
http://togetter.com/li/878741
治療は一回一万円、ごしんじょう代が別とすると、ややお高めの印象。

「よくわかる五輪ロゴ類似問題」で何がわかるか

五輪ロゴをめぐる問題もそろそろ沈静化してきたこの頃になって、下のような記事がネットで話題になったようです。
「よくわかる、なぜ「五輪とリエージュのロゴは似てない」と考えるデザイナーが多いのか?」
http://bylines.news.yahoo.co.jp/takayukifukatsu/20150907-00049112/
デザイナーたちはなぜ、佐野研二郎デザインの五輪ロゴとリエージュ劇場のロゴを「似てない」と判断したのかということを、「デザインとは何か」というところから丁寧な語り口で解説したもので、twitterを見る限り、多くの人から「すごい、本当によくわかった!」の嵐です。


ただこれ、一見論理的に書かれてるんですけど、じゃあなんでリエージュ劇場のロゴデザイナーは訴えを起こしたのかって考え出すと、すべてが怪しくなってくるんですよね。
われわれは、「2つは似ていない」とする論理がベルギーのデザイナーに通じてないのを現実に目の当たりにしているわけであり、五輪組織委が「似てない」という論理を押し通すことができなかったのもすでに知っている。
つまり、ここに書かれた論理が通用するのは「日本のデザイナー」の間だけのようだ。そうであれば、最初の「そもそもデザインとは」の部分も一体どこまで共有されているのやら。非デザイナーの一般人には知る由もありません。どうやって説得されればいいというんだ。


……と私は思ったのですが、これを読んでスッキリしている人がたくさんいるのもまた現実。
この文章でなぜみんなスッキリしたのだろうか。スッキリすることと、事態を把握・理解することの関係は何だろうか。どの程度筋道が作り込まれていると、人は「論理的」「説得的」と感じるのか。議論の前提に穴があっても見た目筋が通っていると人は説得されるようだが、どの程度の穴なら大丈夫なのか。あるいはこの論考が出されたタイミングも重要かもしれない。みんながいい加減五輪ロゴをめぐる話に辟易していて、いい話が聞きたいと思っていたところに出された見解だったということも関係あるか…。
ものすごく興味深いです。この論考はむしろそっちについて考えるのが面白く、感想やコメントを読みふけって夜も寝られませんでした。FBコメントは多分全部読んだ。
気が済んだのでもう寝よう。

「プロメテウスの罠」ヤマトシジミ編騒動

物議を醸しながらも本日第12回目が進行中の「プロメテウスの罠」ヤマトシジミ編。
序盤で研究を指導した教授が「自然史思想の持ち主」とされていて何じゃそれはと思っていたのですが、ぐぐってみたらこういうことなんだそうです。
http://www.amazon.co.jp/dp/4846106128/ref=cm_sw_r_tw_dp_-JZNvb0AD8W4R
この方と、研究を主導された院生さんは、ホメオパシーをなさる方だとのこと。
そこからtwitterのほうで、どんどん代替療法関係の人脈が掘られていって、
http://togetter.com/li/848173
脱力感大きすぎて読むのもつらい。
こういうのをなんで載せてしまうんだ。どういう結果が起こると期待してるんだ、一体。

「草の根」とは何であろうか

昨今のインターネッツ日本会議の話題でもちきりですが、その尖兵となられたのがこちらの連載ですね。
http://hbol.jp/25122
この副題が「草の根保守の蠢動」となっているのですが、日本会議って、どういう意味で「草の根」なんだろう?
むしろその主体は、日本の前期近代に生産された少数の既得権益層で(その代表が宗教団体なのであって)、ただ昭和時代に築いた自分もしくは親の資本が大きいので声がでかく、また後期近代においては彼らの資本が失われる一方であるために、最近になって無闇矢鱈に危機を叫んでいるのだという気がするのですが。
※追記 危機を叫びだしたのは最近じゃないですね。彼らの主張が社会の前面に出るようになったのはまた別の要因か。


安田浩一氏が取材した在特会や、小熊英二の「つくる会」本の人々のプロフィールみたいに、まさに日本のティーパーティー!グラスルーツな保守!みたいな事例もたしかにあるのですが、
http://www.newsweekjapan.jp/stories/2010/10/post-1696.php

ネットと愛国 在特会の「闇」を追いかけて (g2book)

ネットと愛国 在特会の「闇」を追いかけて (g2book)

“癒し”のナショナリズム―草の根保守運動の実証研究

“癒し”のナショナリズム―草の根保守運動の実証研究

日本会議とこれらをうかつに並べると混乱を招くような気がする。
論じている人々の中で、実際に混同している人は少ないとは思いますが、言葉の問題としてですね。ちょっとミスリードが生じかねないなと。

「ジェムリンガ」メモ

twitterで流れてきたジェムリンガについての注意喚起。そろそろ炎上しそうな。
まとめはこれ。
http://matome.naver.jp/odai/2141755928093201501
その中にあるお医者さんのサイト。最後の方に、「性に固執しないで」とたいへん心あるメッセージ。
http://www.vivalita.com/cat-172/post_231.html
ちょっと古いの。
https://sites.google.com/site/antireligionwiki/gemlinga
ついでに、ジェムリンガ自体の広報URL。
http://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n227843
http://ameblo.jp/jj-haru/entry-11443478771.html
どれだけキラキラした体裁で語られても「くさそう」という感想しか湧いてこないのだが。